こんにちは、労務女子なおです。
採用活動では、候補者に内定を出してから実際に入社するまでに、数か月の期間が空くことがあります。その間に、内定者の経歴に問題が見つかったり、会社の経営状況が悪化したりして、内定取消しを検討せざるを得ないケースもあるでしょう。しかし、会社が一度出した内定は、自由に取り消せるものではありません。内定によって労働契約が成立している場合、内定取消しは解雇に近いものとして厳しく判断されます。
この記事では、内定取消しの基本的な考え方、認められる可能性があるケース、人事が対応するときの進め方や注意点を解説します。
内定取消しとは
内定取消しとは、会社が応募者に採用内定を伝えた後、入社前にその内定を取り消すことです。一般的な採用では、会社から採用内定を通知し、応募者が誓約書などを提出することで、入社日を開始日とする労働契約が成立していると判断されることがあります。このような内定は、法律上「始期付解約権留保付労働契約」と説明されます。少し難しい言葉ですが、次のように考えるとわかりやすいでしょう。
- 「始期付」:入社日から働き始める
- 「解約権留保付」:一定の取消事由が生じた場合には、会社が契約を解約できる
つまり、内定時点ですでに労働契約は成立しているものの、一定の事由が生じた場合には、会社が内定を取り消せる状態です。ただし、「解約権が留保されているから、会社が自由に取り消せる」という意味ではありません。
この基本的な考え方は、新卒採用と中途採用のいずれにも当てはまります。もっとも、労働契約が成立しているかどうかは、内定通知書などの名称だけではなく、採用条件の提示や承諾書の提出など、個別の経緯を踏まえて判断されます。また、新卒者の内定取消しについては、ハローワークへの通知など、中途採用にはない手続が必要になる場合があります。
内定・内々定・本採用拒否の違い
内定や内定取消しと似た言葉として、「内々定」や「本採用拒否」があります。
内定と内々定の違い
「内定」と「内々定」は、法律上明確に定義された言葉ではありません。一般的には、正式な内定通知より前に、採用する予定であることを伝える段階を「内々定」と呼びます。ただし、「内々定」という名称であれば、必ず労働契約が成立していないとは限りません。次のような事情を踏まえて、個別に判断されます。
- 会社がどのような言葉で採用を伝えたか
- 採用条件が具体的に示されていたか
- 候補者に承諾書や誓約書を提出させていたか
- その後に選考が残っていたか
- 候補者がほかの会社への就職活動を終了していたか
書類や連絡の名称だけではなく、会社と候補者の間で実際にどのような合意が成立していたかを確認することが重要です。
内定取消しと本採用拒否の違い
内定取消しは、採用内定後、入社する前に労働契約を解約することです。一方、本採用拒否は、従業員が入社して試用期間中に勤務した後、本採用へ移行しないことをいいます。どちらも会社が自由に行えるものではありませんが、問題となる時期や、判断の基礎となる事情が異なります。
本採用拒否については、次の記事で詳しく解説しています。
➡【試用期間・本採用拒否】延長・解雇を検討するときの注意点
内定取消しが認められるための考え方
内定によって労働契約が成立している場合、内定取消しは実質的に会社から労働契約を解約する行為となります。そのため、内定取消しが有効と認められるためには、一般的に次のような条件が必要です。
- 内定当時には会社が知ることができず、知ることも期待できなかった事実が後から判明したこと
- その事実を理由に内定を取り消すことが、客観的に合理的であること
- 内定取消しが社会通念上相当と認められること
内定通知書や誓約書に取消事由が記載されていても、その事由に該当しただけで当然に内定取消しが認められるわけではありません。問題となった事実の内容や程度、予定していた業務への影響、ほかの方法によって対応できないかなどを踏まえて、取消しの必要性と相当性が判断されます。
解雇を含む労働契約法の基本については、次の記事で詳しく解説しています。
➡【労働契約法】解雇・有期契約・無期転換ルールをわかりやすく解説
内定取消しが認められる可能性があるケース
内定取消しが認められるかどうかは、個別の事情によって異なります。ここでは、一般的に問題となりやすいケースを紹介します。
学校を卒業できなかった
新卒採用において、「学校を卒業すること」を採用の条件として明確にしていたにもかかわらず、内定者が卒業できなかったケースです。予定していた入社日から勤務できず、採用条件を満たしていないため、内定取消しが認められる可能性があります。ただし、卒業時期が少し遅れるだけで勤務開始に大きな支障がない場合などは、入社時期の変更によって対応できないかも検討する必要があります。
必要な資格を取得できなかった
医師、看護師、運転業務など、業務に必要な資格や免許の取得を採用条件としていたものの、内定者が資格等を取得できなかったケースです。その資格がなければ予定している業務に就けず、ほかの職務で採用することも難しい場合には、取消しの合理性が認められやすくなります。採用条件として資格取得が必要であることを、求人票や内定通知書などに明記しておくことも重要です。
重大な経歴詐称が判明した
内定者が、学歴、職歴、保有資格などについて重大な虚偽の申告をしていたケースです。ただし、経歴に事実と異なる部分があれば、必ず内定取消しが認められるわけではありません。その虚偽が採用判断にどの程度影響したか、担当する業務との関係、本人が意図的に虚偽の申告をしたかなどを確認する必要があります。
健康上の理由で業務に就くことが難しくなった
内定後の病気やけがによって、予定していた業務に就くことが難しくなるケースもあります。ただし、病気やけががあるという理由だけで、直ちに内定を取り消すことは適切ではありません。本人の健康状態、回復の見込み、就業上の配慮、入社時期の変更、ほかの業務への配置などを検討したうえで、それでも就労が困難かを慎重に判断する必要があります。本人の同意なく、必要以上に詳しい病歴や医療情報を収集しないよう注意することも大切です。
内定後に重大な問題行動があった
内定後に重大な犯罪行為や、会社との信頼関係を大きく損なう行為が判明したケースです。この場合も、行為の内容、業務との関係、会社の信用に与える影響などを具体的に確認します。単なるうわさやSNS上の断片的な情報だけで判断せず、客観的な事実とそれを裏付ける資料を確認し、本人にも説明の機会を設ける必要があります。
会社の経営状況が著しく悪化した
内定後に会社の経営状況が急激に悪化し、予定していた採用を維持できなくなる場合もあります。ただし、「業績が悪化した」「採用計画が変わった」というだけで、簡単に内定取消しが認められるわけではありません。会社側の経営事情による取消しは、整理解雇に近い観点から、主に次のような事情が確認されます。
- 人員を削減する必要性があるか
- 役員報酬の削減、残業の抑制、配置転換など、取消しを避ける努力をしたか
- 内定取消しの対象者を選んだ基準が合理的か
- 本人に十分な説明を行ったか
既存社員の雇用や新たな採用を続けながら、一部の内定者だけを取り消す場合などは、判断の合理性を説明することが難しくなる可能性があります。
内定取消しが認められにくいケース
次のような理由による内定取消しは、合理性や相当性が認められにくいと考えられます。
- 採用担当者や経営者の気が変わった
- 採用人数を多く見積もっていた
- 内定者の性格が何となく会社に合わないと感じた
- 内定前から把握していた事情を後から問題にした
- 軽微な記載ミスや、業務に影響しない経歴の相違があった
- 妊娠したことや、結婚の予定があることを理由とした
- 病気や障害があることだけを理由とし、必要な配慮を検討しなかった
- SNSへの投稿が気に入らないというだけで、具体的な影響を確認しなかった
内定後に「思っていた人材と違った」と感じても、それだけで内定を取り消すことは困難です。内定を出す前の選考段階で、採用基準や業務に必要な条件を十分に確認しておくことが重要です。
一方、内定取消しのハードルが高いケースであっても、会社と内定者の間で何らかのミスマッチが顕在化している場合、そのまま入社することが双方にとって望ましくない結果につながる可能性もあります。そのような場合には、想定されるリスクや懸念を本人に丁寧に説明したうえで、入社時期、配属先、担当業務などを見直せないか、双方で解決策を相談・検討することも実務上は重要です。ただし、内定者の自由な意思決定を妨げたり、内定辞退を強要したりすることがないよう注意する必要があります。
内定取消しの進め方
内定取消しは、対象者の生活やキャリアに大きな影響を与えます。事実と判断の根拠を整理しながら、慎重に進める必要があります。
内定に関する書類と経緯を確認する
まず、次のような資料を確認します。
- 求人票
- 募集要項
- 内定通知書
- 労働条件通知書
- 内定承諾書や誓約書
- 候補者とのメールや面談記録
- 就業規則
- 採用決定までの社内記録
労働契約が成立しているか、どのような条件で内定を出したか、取消事由がどのように定められているかを整理します。
取消しを検討する事実を確認する
経歴詐称や問題行動などが疑われる場合には、客観的な事実とそれを裏付ける資料を確認するとともに、本人にも説明の機会を設けます。一方的な情報や推測だけで判断すると、事実認定を誤る可能性があります。面談の内容や本人の説明、会社が確認した資料については、後から経緯を説明できるよう記録を残しておきましょう。
内定取消しを避ける方法を検討する
内定取消しを決定する前に、ほかの方法で対応できないかを検討します。たとえば、次のような選択肢があります。
- 入社時期を変更する
- 勤務地や配属先を見直す
- 資格取得まで別の業務を担当してもらう
- 採用人数や人員配置を見直す
- 経費削減など、ほかの経営努力を行う
ただし、入社時期や労働条件を会社が一方的に変更できるわけではありません。本人に事情を説明し、合意を得ることが必要です。
必要に応じて専門家などに相談する
内定取消しには、労働契約の成立、取消理由の合理性、解雇予告、行政への手続など、複数の論点があります。事実関係が複雑なケースや、取消しが認められるか判断に迷う場合には、正式な決定をする前に弁護士や社会保険労務士へ相談するとよいでしょう。新卒者の内定取消しを検討する場合には、必要な手続を確認するため、労働局やハローワークへ早めに相談することも考えられます。
本人に理由を丁寧に説明する
やむを得ず内定取消しを行う場合には、本人に対して、取消しの理由と判断に至った経緯を具体的に説明します。突然、書面やメールを送るだけでは、本人の不安や不信感を強めてしまいます。可能な限り面談の機会を設け、質問にも誠実に答えることが大切です。そのうえで、取消日、取消理由、今後の対応などを記載した書面を交付します。
解雇予告などの手続を確認する
内定によって労働契約が成立している場合、内定取消しに労働基準法上の解雇予告が適用されることがあります。実務上は、入社予定日の30日以上前に内定取消しを通知するか、30日を切る場合には解雇予告手当の取扱いを検討することが基本となります。ただし、30日前に通知したことだけで、内定取消しが有効になるわけではありません。解雇予告の手続とは別に、取消理由に客観的な合理性があり、社会通念上相当と認められることが必要です。また、内定者にはまだ賃金が支払われていないため、解雇予告手当の計算や労働基準法の適用関係が問題になることもあります。判断が難しい場合には、個別に確認するとよいでしょう。
新卒者の場合は必要な手続を確認する
新卒者の内定取消しや入職時期の繰下げについては、ハローワークや学校への通知などが必要になる場合があります。対象者への説明とあわせて、所轄のハローワークに必要な手続を確認しましょう。
内定取消しに関する主な判例
内定取消しが認められるかどうかは、個別の事情によって判断されます。ここでは、内定の法的な性質や取消しの判断基準を理解するうえで参考となる、代表的な判例・裁判例を紹介します。
大日本印刷事件 最高裁判所判決・昭和54年7月20日
内定者が「グルーミーな印象である」といった、内定時に把握できていた事情を理由とする内定取消しが争われました。最高裁判所は、内定時に調査して判断できた事情を後から取消理由とすることは相当ではないとして、内定取消しを無効と判断しました。この判例では、内定取消しが認められるのは、内定時に知ることができず、知ることも期待できなかった事実を理由とし、取消しが客観的に合理的で社会通念上相当な場合に限られる、という基本的な考え方が示されています。
電電公社近畿電通局事件 最高裁判所判決・昭和55年5月30日
内定後、内定者が違法行為によって逮捕され、起訴猶予処分を受けていたことなどを理由とする内定取消しが争われました。最高裁判所は、採用通知によって労働契約が成立していたと判断したうえで、具体的な事情を踏まえ、このケースにおける内定取消しを有効と判断しました。
インフォミックス事件 東京地方裁判所決定・平成9年10月31日
中途採用の内定後、会社が経営悪化を理由に内定を取り消したことが争われました。裁判所は、経営上の必要性だけでなく、取消しを避ける努力や本人への説明などを含めて判断し、会社の対応に誠実性を欠く部分があったとして、内定取消しを無効と判断しました。この裁判例からも、経営悪化という事情があれば、当然に内定取消しが認められるわけではないことがわかります。
おわりに
内定によって労働契約が成立している場合、内定取消しは解雇に近いものとして厳しく判断されます。内定通知書に取消事由を記載していたとしても、それだけで自由に取り消せるわけではありません。人事としては、内定時には把握できなかった事情なのか、取消しの理由が客観的に合理的か、ほかの方法によって取消しを避けられないかを慎重に確認することが重要です。
また、内定取消しの可否だけに目を向けるのではなく、会社と内定者の間で生じた問題やミスマッチを整理し、双方にとって現実的な解決策を探る視点も必要です。内定取消しは、対象者の生活やその後のキャリアに大きな影響を与えます。法的な手続だけでなく、本人への丁寧な説明を含め、誠実に対応することが求められます。
人事労務や労働法を体系的に学びたい方は、書籍で一度全体像をつかんでおくのもおすすめです。
➡【人事労務おすすめ本】労働法の基本を学ぶには?おすすめ厳選8冊を紹介
【参考】
- 厚生労働省「採用の内定・内々定について、取消や辞退する場合の注意点」
- 厚生労働省「採用内定取消しの防止について」
- 厚生労働省「労働契約の終了に関するルール」
- 労働契約法 第16条
- 労働基準法 第20条・第22条
- 最高裁判所第二小法廷判決 昭和54年7月20日(大日本印刷事件)
- 最高裁判所第二小法廷判決 昭和55年5月30日(電電公社近畿電通局事件)
- 東京地方裁判所決定 平成9年10月31日(インフォミックス事件)