こんにちは、労務女子なおです。
従業員の仕事ぶりに課題がある場合、会社は本人に問題点を伝え、改善に向けた指導や支援を行うことがあります。その方法の一つとして、外資系企業などを中心に使われているのが「PIP」です。PIPは従業員の改善を支援するための仕組みですが、運用の仕方によっては、本人から「退職に追い込むための制度ではないか」と受け取られることもあります。
この記事では、PIPの意味や日常的な改善指導との違い、具体的な進め方、改善が見られない場合の対応について解説します。
PIPとは
PIPとは「Performance Improvement Plan」の略で、日本語では「業績改善計画」「業務改善計画」などと訳されます。期待される成果や行動に達していない従業員に対して、一定期間の改善目標や会社の支援内容を明確にし、定期的に進捗を確認する仕組みです。
なお、PIPは法律で定められた制度ではありません。そのため、法律上決まった実施期間や書式があるわけではなく、会社によって名称や運用方法が異なります。PIPには、すべてのケースに共通する定型的な進め方があるわけでもありません。課題の内容、本人の職務や経験、必要な支援などに応じて、実際の改善につながる計画を柔軟に設計し、進捗を見ながら見直していくことが重要です。
また、PIPは解雇や退職に進むための制度ではありません。本来の目的は、課題と期待される水準を本人に伝え、必要な支援を行いながら改善の機会を設けることにあります。
PIPと日常的な改善指導の違い
従業員に課題があるからといって、直ちにPIPを開始するとは限りません。まずは日常業務の中で、上司が本人に課題を伝え、必要な助言や指導を行うのが一般的です。それでも課題が続く場合に、目標や期間、支援内容を明確にしたPIPへ移行することがあります。
| 日常的な改善指導 | PIP | |
|---|---|---|
| 主な目的 | その都度、課題を修正する | 一定期間で計画的な改善を目指す |
| 対象 | 比較的軽微な課題を含む | 継続的・重要な課題 |
| 目標 | 個別の課題に応じて、その都度伝える | 具体的な目標を書面で示す |
| 期間 | 課題に応じて継続的に行う | 一定の期間を設定して取り組む |
| 確認方法 | 日常の会話や面談 | 定期的な面談と進捗確認 |
| 記録 | 必要に応じて指導内容を記録する | 計画書や面談記録を継続的に残す |
ただし、PIPという名称を使わなくても、目標・期間・支援内容を定めて改善指導を行っている会社もあります。名称よりも、本人に課題と期待を正しく伝え、実際に改善へ取り組める機会を設けることが重要です。
PIPを始める前に確認すること
PIPを開始する前に、成果が上がらない原因を確認する必要があります。仕事上の課題が、必ずしも本人の能力や意欲だけに原因があるとは限りません。たとえば、次のような事情が影響していることがあります。
- 会社が求める役割や目標が明確に伝わっていない
- 業務量が過大になっている
- 必要な教育や引継ぎが不足している
- 上司の指示が曖昧または一貫していない
- 担当業務と本人の経験・適性が合っていない
- 職場の人間関係やハラスメントに問題がある
- 病気や心身の不調が影響している
こうした事情を確認せず、本人だけの問題としてPIPを開始しても、適切な改善にはつながりません。本人との面談を通じて認識を確認し、業務環境や会社側の支援にも見直すべき点がないか検討しましょう。
健康上の問題が疑われる場合には、本人の申告や意向を確認しながら、必要に応じて産業医などと連携します。休職、就業上の配慮、業務負担の見直しが必要なケースを、単純に能力不足や意欲不足として扱わないよう注意が必要です。
PIP・改善指導の進め方
問題となっている事実を整理する
まずは、本人のどのような仕事ぶりに課題があるのかを整理します。「能力が低い」「主体性がない」といった抽象的な評価だけでは、本人は何を改善すればよいのか分かりません。たとえば、次のように具体的な事実を確認します。
- 提出期限を繰り返し守れていない
- 報告書に同じ種類の誤りが続いている
- 顧客から複数回の苦情が寄せられている
- 必要な報告や相談を行わず、業務に支障が生じている
- 合意した営業目標を継続的に下回っている
発生した時期、業務への影響、これまで本人に伝えた内容なども整理し、主観的な印象と客観的に確認できる事実を分けて考えることが大切です。
また、他の従業員には問題としていないことを、特定の従業員にだけ厳しく求めていないかも確認しましょう。職務、役職、経験などに違いがあれば対応が異なることはありますが、その違いを合理的に説明できる必要があります。
本人と面談する
面談では、会社が認識している課題と、期待している業務水準を具体的に伝えます。一方的に評価を通知するのではなく、本人にも事情や認識を説明する機会を設けることが重要です。話を聞くことで、指示の行き違いや支援不足など、会社が把握していなかった事情が判明することもあります。
面談は、人格を否定したり、感情的に叱責したりする場ではありません。本人を他の従業員の前で叱責する、繰り返し退職を迫るなど、業務上必要かつ相当な範囲を超えた言動は、パワーハラスメントなどの問題につながる可能性があります。業務上の事実と期待する水準を中心に、冷静に話し合いましょう。
改善目標を設定する
本人が何を目指せばよいのか分かるよう、具体的な改善目標を設定します。「もっと努力する」「積極性を高める」といった表現では、どのような行動が求められているのか、達成できたかを判断できません。たとえば、次のように具体化します。
- 毎週金曜日までに進捗報告書を提出する
- 書類の提出前にチェックリストを用いて確認する
- 顧客からの問い合わせには原則1営業日以内に一次回答する
- 月間の営業目標に対して一定の達成率を目指す
- 判断に迷った場合は、作業を進める前に上司へ相談する
数値化できない業務であっても、どのような行動や状態になれば改善と評価するのかを、できるだけ明確にします。目標は、本人の職務、経験、役職やこれまでの実績を踏まえ、現実的に達成可能な内容にする必要があります。PIPの開始時点から達成が困難な目標を設定すると、改善を支援する制度としての意味が失われてしまいます。
会社の支援内容を決める
改善を本人だけの責任とせず、会社として提供する支援を検討します。支援の例としては、次のようなものがあります。
- 上司との定期的な面談
- 業務マニュアルやチェックリストの提供
- 研修やOJTの実施
- 経験者による助言やサポート
- 担当業務や業務量の見直し
- 指示や役割分担の明確化
必要な教育や支援を行わずに結果だけを求めても、実際の改善にはつながりにくくなります。改善指導の中心となるのは、本人の業務を日常的に見ている上司です。一方で、上司だけに任せると、目標や評価が主観的になったり、面談での表現が強くなりすぎたりすることがあります。人事も、目標の具体性、支援内容、過去の指導状況、他の従業員との公平性などを確認し、必要に応じて面談へ同席しましょう。
改善計画を書面にまとめる
課題、目標、支援内容などを整理したら、会社と本人の認識をそろえるため、改善計画を書面にまとめて説明します。書面には、主に次の内容を記載します。
- PIPの目的
- 現在確認されている課題
- 会社が期待する業務水準と改善目標
- 本人が取り組む具体的な行動
- 会社が提供する支援
- 実施期間
- 面談や進捗確認の予定
- 評価方法
- 改善が見られない場合に検討される対応
PIPの期間について、法律上の決まりはありません。課題や職務の内容に応じて、本人が行動を変え、その結果を確認できるだけの期間を設定します。また、本人に署名を求める場合は、署名が「書面を受け取り、説明を受けたことの確認」なのか、「内容への同意」なのかを明確にしておきましょう。
本人が署名を拒否した場合も、それだけで直ちに懲戒処分の対象になるとは限りません。書面を交付して説明した日時、本人の意見や反応などを記録しておくことが考えられます。
定期的に進捗を確認する
PIPの開始時と終了時だけでなく、定期面談を実施するなど期間中の進捗を確認します。面談では、目標に対する進捗を確認し、改善している点と今後修正が必要な点を具体的に伝えます。本人からも、取り組む中で困っていることや追加で必要な支援がないかを確認しましょう。途中で業務内容や前提条件が大きく変わった場合には、当初の目標や期間をそのまま用いるのではなく、必要に応じて見直します。面談の日時、確認した内容、本人の説明、会社からのフィードバックや支援内容は記録します。記録は将来の処分や解雇だけを目的とするものではなく、上司と本人が進捗を共有し、適切な支援につなげるためにも役立ちます。
結果を評価する
期間終了後は、当初設定した目標に照らして結果を評価します。「印象がよくなった」「まだ物足りない」といった主観だけでなく、具体的な成果や行動をもとに判断することが重要です。結果に応じて、次のような対応を検討します。
- 改善が確認できたためPIPを終了する
- 一定の改善はあるが、日常的な指導を継続する
- 目標や支援内容を見直して期間を延長する
- 本人の経験や適性を踏まえて配置転換などを検討する
- 改善が見られず、今後の雇用上の対応を検討する
PIPを開始したからといって、必ず合格・不合格のように結論を出す必要はありません。改善の程度や残された課題を踏まえ、今後の対応を個別に判断します。
PIPで改善が見られない場合の対応
PIPを実施しても改善が見られなかったというだけで、当然に解雇できるわけではありません。労働契約法第16条では、解雇について「客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合」は、権利を濫用したものとして無効になると定めています。能力不足や成績不良を理由とする場合も、単に評価が平均を下回っているというだけではなく、課題の程度、会社が求めた水準、これまでの教育や指導、改善の機会、本人の経験や役職、配置転換の可能性など、さまざまな事情が問題になります。厚生労働省のモデル就業規則でも、普通解雇の例として、勤務成績や業務能率が著しく不良で、向上の見込みがなく、他の職務にも転換できない場合などが挙げられています。
解雇を含む労働契約法の基本的なルールについては、次の記事でも解説しています。
➡【労働契約法】解雇・有期契約・無期転換ルールをわかりやすく解説
PIPの実施は、こうした事情を判断する材料の一つにはなりますが、「PIPを行えば解雇できる」という法律上の仕組みではありません。改善が見られない場合には、次のような選択肢を検討します。
- 指導や支援を継続する
- PIPの目標や期間を見直す
- 担当業務や業務量を変更する
- 配置転換を検討する
- 就業規則などに基づき降格を検討する
- 本人の自由な意思を尊重しながら退職勧奨を行う
- 最終的な手段として普通解雇を検討する
ただし、配置転換、降格、退職勧奨、解雇では、それぞれ要件や注意点が異なります。特に、降格や解雇など本人への不利益が大きい対応を検討する場合は、就業規則や雇用契約、採用時に想定されていた職務、これまでの指導経緯などを確認する必要があります。個別の事情によって判断が異なるため、弁護士や社会保険労務士などの専門家にも相談しながら慎重に進めましょう。
配置転換や退職勧奨を検討する場合の考え方については、次の記事でも解説しています。
➡【配置転換とは】配転命令の判断基準・進め方・注意点を解説
➡【退職勧奨とは】解雇との違い・進め方・注意点を解説
まとめ
PIPは、仕事上の課題と会社が期待する水準を明確にし、一定期間をかけて改善を目指す仕組みです。大切なのは、単に本人へ目標を与えるだけではなく、課題の背景を確認し、会社として必要な指導や支援を行うことです。具体的な目標を設定し、定期的にフィードバックを行うことで、本人にとっても何を改善すればよいのかが分かりやすくなります。PIPを退職や解雇へ進むための形式的な手続きとせず、本人の改善を支援するプロセスとして丁寧に運用しましょう。
人事労務や労働法を体系的に学びたい方は、書籍で一度全体像をつかんでおくのもおすすめです。
➡【人事労務おすすめ本】労働法の基本を学ぶには?おすすめ厳選8冊を紹介
【参考】
・労働契約法|e-Gov法令検索
・モデル就業規則|厚生労働省
・退職、解雇、雇止めなど|厚生労働省「確かめよう労働条件」