こんにちは、労務女子なおです。
会社分割では、事業の一部または全部を別の会社に承継させます。その際、対象事業で働く従業員の労働契約をどちらの会社へ引き継ぐかは、会社が自由に決められるわけではありません。労働契約承継法は、会社分割に伴う労働契約の承継について、従業員への通知、協議、異議申出などのルールを定めた法律です。
この記事では、労働契約承継法の基本、従業員ごとの取扱い、必要な手続きと人事が注意したいポイントを解説します。
労働契約承継法とは
労働契約承継法の正式名称は、「会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律」です。会社分割では、分割契約または分割計画に定めることで、事業に関する権利義務が承継会社等へ包括的に引き継がれます。労働契約もその対象となり得るため、従業員の雇用や働き方が不当に損なわれないよう、労働者保護のための特例が設けられています。
この法律は、2000年の商法改正による会社分割制度の導入に合わせて制定され、2001年4月に施行されました。その後、2006年の会社法制定に伴う整備や、2015年の詐害的な会社分割における未払賃金などの債権保護の強化、2016年の施行規則・指針の見直しが行われています。基本的な仕組みは、現在も制定時の枠組みを引き継いでいます。
この記事では、事業を分割する会社を「分割会社」、事業を引き継ぐ会社を「承継会社等」と呼びます。
適用される場面
労働契約承継法が適用されるのは、会社法上の会社分割です。主な種類には、既存の会社に事業を承継させる吸収分割と、新設する会社に承継させる新設分割があります。事業譲渡や合併では、労働契約承継法は適用されません。特に事業譲渡では、原則として従業員本人の個別同意がなければ、労働契約を譲受会社へ移すことはできません。
| 組織再編の方法 | 労働契約の主な取扱い |
|---|---|
| 会社分割 | 分割契約・分割計画に従って承継され、労働契約承継法が適用される |
| 事業譲渡 | 労働契約を移すには、原則として従業員本人の個別同意が必要 |
| 合併 | 消滅会社の権利義務が、存続会社または新設会社に包括的に承継される |
労働契約の承継はどのように決まるか
従業員の取扱いは、次の2点によって決まります。
- 承継される事業に主として従事しているか
- 分割契約または分割計画に、その従業員の労働契約を承継する旨が記載されているか
「主として従事する」とは、所属部署だけでなく、実際の業務内容、業務に費やす時間、役割などを総合して判断する考え方です。人事、経理、法務、情報システムなどの共通部門や兼務者は、特に慎重な確認が必要です。
| 従業員の区分 | 分割契約等への記載 | 原則的な取扱い | 異議を申し出た場合 |
|---|---|---|---|
| 主として従事する | あり | 承継会社等へ移る | 労働契約承継法上の異議申出はできない |
| 主として従事する | なし | 分割会社に残る | 承継会社等へ労働契約が承継される |
| 主として従事しない | あり | 承継会社等へ移る | 分割会社に残る |
| 主として従事しない | なし | 分割会社に残る | 労働契約承継法上の異議申出はできない |
承継会社等へ労働契約が承継される場合、賃金、労働時間、勤続年数、有給休暇などの労働条件は、原則として維持されたまま引き継がれます。会社分割を理由に、賃金や退職金などを一方的に不利益変更できるわけではありません。
会社分割で必要となる主な手続き
会社分割では、協議、書面通知、異議申出期間の設定などを、一定の順序と期限に沿って進める必要があります。経営や事業上の判断だけで短期間のスケジュールを決めると、必要な協議や通知の時間が不足するおそれがあります。人事は、検討の初期から法務などと連携し、手続きから逆算して全体日程を設計することが重要です。
労働組合などとの協議(7条措置)
分割会社は、従業員の理解と協力を得るよう努める必要があります。一般に「7条措置」と呼ばれる手続きです。各事業場で、過半数労働組合がある場合はその労働組合と、ない場合は過半数代表者などと協議します。会社分割の背景、債務履行の見込み、主として従事する従業員の判断基準、労働協約の承継などを説明します。
7条措置は、次の5条協議を開始するまでに始めることとされています。一方的な説明会ではなく、意見を聴き、理解と協力を得るための協議が求められます。
従業員本人との協議(5条協議)
分割会社は、承継される事業に従事する従業員などと、労働契約の承継について協議しなければなりません。これが「5条協議」です。会社は、分割後に勤務する会社の概要、債務履行の見込み、主従事者に該当するかの考え方を説明し、本人の希望を聴いたうえで、労働契約の承継の有無、分割後の業務内容・就業場所などを協議します。
5条協議は、後述する2条通知の期限までに十分な協議を終えられるよう、時間に余裕をもって開始する必要があります。面談を形式的に実施するだけでなく、従業員が内容を理解し、意見を伝えられることが重要です。
従業員と労働組合への通知(2条通知)
分割会社は、対象となる従業員と労働組合に対し、労働契約や労働協約の承継に関する事項を書面で通知します。労働契約承継法第2条に基づくため、「2条通知」と呼ばれます。従業員には、労働契約を承継する旨の定めの有無、主従事者に該当するか、承継される労働条件、分割後の業務内容や就業場所、異議申出の期限・方法などを通知します。労働組合には、承継される従業員の範囲や、労働協約を承継する旨の定めの有無・内容などを通知します。
通知期限は、会社の形態や株主総会の要否によって異なります。たとえば、株式会社で株主総会の承認が必要な場合、原則として株主総会日の2週間前の日の前日までに通知しなければなりません。6月29日に株主総会を開く場合は、6月14日が通知期限です。株主総会を必要としない株式会社や合同会社では、原則として分割契約の締結日または分割計画の作成日から2週間を経過する日が通知期限です。郵送の場合は発送日ではなく、従業員や労働組合への到達日が基準となります。
異議申出期間を設ける
異議申出が認められる従業員には、承継または不承継について異議を申し出る機会を設けます。通知が従業員に到達した日と異議申出期限日の間には、少なくとも13日間を置かなければなりません。会社は、異議申出の期限、提出先、方法、申出をした場合の取扱いを明確に示す必要があります。異議申出は書面で行い、期限までに分割会社へ到達する必要があります。異議を申し出たこと、または申し出ようとしたことを理由に、不利益な取扱いをしてはなりません。
承継対象者を確定し、受入れ準備を進める
異議申出期間の終了後、結果を反映して、分割会社に残る従業員と承継会社等へ移る従業員を確定します。その後、配属、給与・勤怠、社会保険・雇用保険、有給休暇と勤続年数、退職金・企業年金、就業規則や福利厚生、人事データの移管などを整理します。法的な承継手続きだけでなく、分割後も従業員が支障なく働ける状態を整えることが大切です。
人事が注意したいポイント
対象者の判断根拠を整理する
主従事者に当たるかは、部署名だけで決めず、実際の業務内容や兼務状況を踏まえて判断します。共通部門や複数事業を担当する従業員では、判断根拠を記録しておくとよいでしょう。
手続きから逆算して日程を組む
7条措置、5条協議、2条通知、異議申出期間には、順序と期限があります。人事は会社分割の方針や効力発生日が固まる前から関与し、法定手続きだけでなく、対象者の確認や個別説明に必要な時間も含めてスケジュールを示すことが重要です。
説明内容を統一し、個別事情も確認する
経営、人事、法務、現場管理職の説明が食い違うと、従業員の不安や不信感につながります。会社分割の目的、対象者の考え方、労働条件、今後の予定について、説明資料や想定問答を準備しましょう。勤務地、育児・介護、健康状態などにより、会社分割が従業員の生活に大きく影響する場合もあります。法定手続きに加え、個別事情を丁寧に確認する姿勢が大切です。
個別同意による転籍と法定の承継を混同しない
会社分割の対象として労働契約を承継させない従業員が、承継会社等で働くことを希望し、本人と会社が合意する場合には、通常の転籍として移ることがあります。通常の転籍では、分割会社との労働契約を終了させ、承継会社等との間で新たな労働契約を結びます。労働条件、勤続年数、有給休暇、退職金などの取扱いを、本人が十分に理解したうえで合意する必要があります。
一方、労働契約承継法上の通知や異議申出の対象となる従業員について、個別の転籍同意を得たことだけを理由に、2条通知や異議申出の手続きを省略することはできません。法定の承継と通常の転籍は、区別して対応する必要があります。
労働条件の変更は別に検討する
労働契約の承継と、承継後の労働条件変更は別の問題です。承継会社の制度に合わせることを理由に、賃金や退職金などを当然に変更できるわけではありません。制度統合を行う場合は、通常の労働条件変更として、必要性や不利益の程度、労使協議などを踏まえて検討します。
参考となる裁判例
日本アイ・ビー・エム(会社分割)事件
労働契約承継法に関する代表的な裁判例です。最高裁は、5条協議について、労働契約を承継させるかどうかが従業員の地位に大きな影響を与え得ることから、従業員の希望なども踏まえて会社に判断させるための手続きであると示しました。
会社が協議をまったく行わなかった場合や、説明・協議が著しく不十分で5条協議の趣旨に明らかに反する場合には、従業員は労働契約承継の効力を争うことができると判断しています。この事件では協議の不十分さは認められませんでしたが、5条協議を形式的な面談で終わらせず、従業員が判断に必要な情報を得て意見を伝えられるようにする重要性を示す判例です。
阪神バス(勤務配慮)事件
阪神バス(勤務配慮)事件では、従業員から承継会社への転籍について個別同意を得ていたにもかかわらず、2条通知や異議申出の機会を設けていなかったことが問題となりました。裁判所は、個別の転籍同意があっても、労働契約承継法上の通知手続きを当然に省略できるわけではないと判断しました。個別のコミュニケーションと法定手続きは、それぞれが必要です。
おわりに
労働契約承継法は、会社分割に伴う労働契約の承継について、従業員を保護するためのルールを定めた法律です。人事には、対象者を正確に整理し、協議・通知・異議申出の手続きを確実に進めることが求められます。会社にとっては組織再編の一つでも、従業員にとっては勤務先やキャリアに関わる大きな変化です。手続きと丁寧な説明の両面から、安心して働ける環境を整えることが大切です。
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【参考】
・会社分割に伴う労働契約の承継等に関する法律(e-Gov法令検索)
・厚生労働省「企業組織の再編(会社分割等)に伴う労使関係について」
・厚生労働省「労働契約承継法の概要」